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住宅ローンリアル体験レポート2016

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住宅ローン2010展望〈バブル以降〉考

 2010年、明けましておめでとうございます。
 住宅ローンマスターです。

 1月1日(金曜日)元旦。
 2010年への住宅ローン展望、本日も〈長期固定金利動向〉。
 前回の続きです。

 2010年の住宅ローンをどうするか。
 どう考えるか。

 一杯ひっかけて、考えているのですが正月に免じて赦して下さい。
 私、我ながら意外なほどなのですが。
 住宅ローンの向こうに見える、現実のあれこれに思いを馳せる時間が好きです。

 自分の現実、日本の現実そして世界の現実。

 以前はね。
 住宅ローン、固定金利にすれば金利上昇の恐怖に怯えなくて済むと思っていた。
 うん、でもちょっと嘘でした。
 住宅ローン固定金利でいけば、その後の金利上昇で「得した」気になれると。

 私の場合、住宅ローンですらギャンブル感覚が抜けなかった。
 すぐまた「バブル復活」で、目にも鮮やかスルスルと金利も上がるとね。
 住宅ローン変動金利が固定より1%でも超えれば、私の射幸心が満たされる。

 1991年に日本土地資産バブルが崩壊したとすれば、長くても10年。
 長くても10年、いや5年以内には、再びバブルの芽が出る。
 そう私は考えていました、歴史は繰返しますからね。

 それが、「失われた10年」です。


 いいえ、10年どころか「失われた20年」だ。
 従前から申し上げていますが、日本。
 1985年「プラザ合意」で米国からドル安・円高誘導を強いられ円高不況。
 日本政府は景気後退を危惧、83年以降5.0%の公定歩合を86年利下げ。
 86年1月30年、4.5%。
 同年11月1日、3.0%。
 そして、87年新春の2月23日には2.5%へ。

 94年、銀行の金利が自由化されるまで、日本の「政策金利」は公定歩合。
 政府が金融機関へ貸出す際の金利、が公定歩合でした。

 為替のドル下落(円急騰)は凄まじく、85年260円だったドル/レート。
 1年後の86年末に、同160円。
 87年末には、同120円とドルに対する円の価値が2倍となった。

 まさにレーガン米大統領と中曽根首相の思うツボ。
 驚異的な円高・ドル安で、自動車など米国製造業の輸出力が回復。
 一方、日本輸出企業は競って製造拠点を米国など海外へ求めた。

 輸出に依存する日本製造業、空洞化するとの危機が叫ばれましたっけ。
 それで、政府・日銀の政策金利(公定歩合)の利下げ。
 当時、政府と日銀の力関係は明白。
 政府の圧力で日銀の金融政策判断が左右される状態が公然。
 97年の日銀法改定で日銀の独立性が明確にされる一因となった。

 当時はね。
 いくら円高になろうと日本の企業力は世界に通用するとする声が一般的。

 71年、ドルショック(ニクソンショック)。
 為替固定相場から変動相場制へ。
 ドル/円レート360円固定相場から一気に変動相場、対ドル306円。

 73年から74年、オイルショック。
 73年OPEC(石油産出国機構)が一方的に原油価格値上げを通告。
 原油価格1バレル3.01ドルから5.12ドル。
 74年1月には、更に11.65ドルへ。
 約4倍の値上げだ。

 経済を石油に頼る日本への影響は甚大。
 テレビ放映も制限される事態。
 オジさん達が楽しみにしていた大人の深夜放送も自粛されましたよ。

 そして、自動車産業。
 日本車イジメと囁かれた米マスキー法が70年に発効。
 当時世界一厳しいとされた自動車排ガス規制法です。
 実現不可能とまで、言われましたっけ。

 そのマスキー法を、新興バイク企業ホンダがCVCCエンジンでクリア。
 世界の自動車企業への礎を築いた。

 そんな戦後日本。
 幾多の困難も、産業界の努力と革新で発展の原動力としてきた訳です。
 だから、85年のプラザ合意。
 アメリカ製造業の国際競争力回復のみを目的とした、プラザ合意です。

 80年代、アメリカに追従するだけの中曽根政権。
 法人税、そして富裕層を制限する累進課税を改定。
 富裕層の最大70%課税を40%まで引下げました。
 内需拡大をアメリカに迫られてね。

 金融緩和でダブつく資金は、企業融資へ向かうより株式へ。
 そして不動産へと、奔流となって押寄せた。

 一方、期を同じくして企業産業界。
 資本を間接的に金融機関からの融資へ頼るのでなく直接金融。
 株式を発行(増資)することで、資金を集める動きが加速。

 つまり、85年プラザ合意以降の日本経済。
 「不況」とは裏腹に、株価そして土地価格が高騰。
 私など当時、株に手を出していなかったが「土地神話」は信じました。
 いつか、不動産で一旗上げるとね。


 2010年初頭。
 政策金利は公定歩合でなく、短期金利誘導目標。
 実質ゼロの金利0.1%の超金融緩和状態。

 アメリカ政策金利0〜0.25%と日本0.1%。
 いずれも「時間軸効果」を期しての、温存スタンス。

 2001年以降、米FRB議長グリーンスパン議長は金融緩和を主導。
 その低金利政策が今次のアメリカ住宅バブルを生んだとされる。

 そして、米住宅バブル大崩壊。
 世界金融恐慌の発生。
 歴史に何を学ぶべきなのか。

 日本経済。
 「壊滅的な」原油価格高騰や円高為替を跳ね返した産業界の技術革新。
 その「神話」は生きていると私は信じます。

 ただ、80年代バブル期と異なるのは、新たなライバル出現だ。
 80年代、産業界最大のライバルはアメリカ。
 しかして大国の腐敗。
 労働者は厚い賃金システムを既得とし、経営側は政府の庇護を求めた。

 その象徴こそ、プラザ合意。
 日本へ一方的に我慢を強いたのだが。
 その結果、生き残りを賭けた日本製造業は強靭さを増した。
 日本金融界は国家を巻き込む痛手を負いましたがね。

 当のアメリカ。
 プラザ合意、政府の過保護で一旦息を吹き返したかに見えたが。
 根幹を蝕む「過保護の贅沢」体質が競争力を破壊して2009年。
 GMそしてクライスラーが経営破綻、リスタートを要求されるに至った。

 つまり、伝統的製造業のライバルとしての米国は自滅しました。
 代って日本産業界へ立ちはだかるのが、「新興国」。
 中国そして韓国、インドのアジア勢、加えてブラジル。
 戦後の日本ブランド「安かろ、悪かろ」から発展した如く。
 中国は安い粗悪品からの脱皮を図り、巨大な自国市場を得て急成長。
 韓国製品は、日本が先行した薄型テレビ市場を大規模資本投下で席捲。
 インドは製鉄そして自動車さらにIT産業と、政府と財閥一体となる。

 まさに、かつて、いや今しがたまで日本が歩んだ道を駆け上る。
 そんなライバルたちの存在が、80年代バブル期と異なる世界状況。
 だからこそ、2010年。
 金融緩和が先進国、中でも日本で長期化しても好況インフレ懸念はない。
 そう、私は見ているのです。

 1986年から1991年までの日本土地バブル。
 2001年から2007年までの米住宅バブル。
 その「再現」となるバブル到来を2009年以来の金融緩和は生まない。
 それが私の現在の認識です。
 条件付き、ですがね。

 それは、日本の輸出需要を消化するだけの巨大な市場の現出。
 中国など広大な購買層を持つ市場は存在する。
 しかし、繰返しますが80年代と比較して日本企業のライバルが多い。
 多すぎます。

 今さらでもないが、日本。
 今まで以上に、内需には期待できません。
 そして、海外の新興勢力。
 自国市場への競争力が強い。
 競争力の源泉、2010年は低価格から高品質への過渡期かもしれない。

 そして、日本。
 70年代以降、アメリカが辿った自国産業保護政策による競争力低下。
 その轍を踏んではならない。

 2010年。
 年頭にあたり、何とも気宇壮大な話になってしまいましたが。
 鳩山総理が政権を担うや、世界へ発信した温暖化ガス25%削減目標。
 日本の産業界からは悲鳴が聞こえます。

 しかしね。
 私には、2010年の「マスキー法」再現に見えます。
 米「マスキー法」は早々と74年には廃止されたのですが。
 生き残るべく進退を賭けたホンダそして日本製造業が「勝利」した。

 2010年以降。
 広く環境ビジネスが今後経済の浮沈を決めることは自明です。
 その点、オバマ大統領の目に狂いはない。

 そして、我が鳩山首相はどうか。
 単なる「理想論」でしかないなら、お坊ちゃまの戯言に過ぎないだろう。

 話が長くなりました。
 2010年。
 今後10年、少なくとも「バブル景気」が日本に現出することはない。
 バブル以前に、景気回復には日本の輸出力=競争力が前提となる。
 多く、そして強くなり過ぎるであろう日本のライバルたち。

 一進一退を繰返しながら、GDP1.5〜2%の安定成長。
 その蓋然性が高いのではないか。
 それとて、充分「楽観的な」シナリオなのですがね。

 2010年以降の住宅ローン。
 住宅ローン金利について掘下げるつもりが与太話になってしまいました。

 次回こそ、住宅ローン固定金利を扱いたいと思います。
 それではまた、お会いしましょう。
 



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