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住宅ローンリアル体験レポート2016

2010春3月住宅ローン土地価格動向@

 住宅ローンマスターです。

 2010年3月27日の土曜日。
 週中盤の雨は上がったものの、寒い日が続きます。
 日中、日差しの下では暖かいのですがね。

 却って室内の方が、冷えるぐらい。
 私など、石油ストーブを前に丸くなっていますよ。

 さて。
 若干、旧聞に属しますがね。
 3月18日、国土交通省発表。
 2010年1月1日時点の全国公示地価。

 全国の公示地価が2年連続で下落したのは当然としても。
 下落率が前年比で縮小した地点は、ごく一部にとどまり。

 殆どが、下落率を前年より拡大。
 特に、商業地の下落が激しかった。

 と、言うことで。
 今日の話題。

  《 2010年の土地価格とその動向 》

 全国での地価上昇地点は、愛知と静岡両県の7地点のみ。
 1970年の調査以来、最少だそうです。

 2008年、9月15日のリーマンショック。
 その秋以降の世界同時金融危機が誘発した、未曾有の規模で広がった経済不況。

 2010年。
 世界同時経済危機の影響は、日本全国をいまだ席捲して止むところを知らず。

 2010年1月の公示地価。
 全用途で、全国平均は前年比4.6%下落。
 住宅地が、同前年比4.2%下落に対して、商業地の下落は前年比6.1%。

 住宅地価は、1983年の水準。
 商業地などは、70年以降の調査以来最低の地価水準。

 ところで地価のピークは、バブル絶頂(から崩壊期)の1991年でしたが。
 2010年1月の住宅地価は1991年の5割以下。
 同商業地価に至っては、1991年の3割以下に沈んでいます。


 さて。
 公示地価、なかでも商業地価。
 1991年をピークにして下降開始。
 そして、2010年1月の地価下落が前年09年より加速したことが判明した。

 思えば、全国の商業地価。
 2005年で一旦底を打ち反転。
 2006年そして2007年と上昇に転じたことは記憶に新しい。

 株価、特に新興株式市場の興隆振りは人々を惹きつけましたよ。
 ネット取引の口座数が爆発的に増えてね。
 日本株式市場そして外国為替取引FX。

 バブル崩壊後「失われた15年」が終焉を迎えたなどと、私も感じましたっけ。

 その勢いが、米国発の住宅「サブプライムローン」問題顕在化ともに暗雲。
 それが、2007年。
 2008年には「サブプライムローン」証券化商品が世界同時金融危機を生む。

 日本「土地不動産バブル崩壊」からの回復基調が、芥子粒のように吹っ飛んだ。
 でね。
 景気経済を占う重要指標としての土地価格。
 住宅地価より、商業地価。
 そして、全国地価より首都圏地価が景気動向を敏感に反映すると言える。

 今次の2010年1月公示地価。
 商業地で見ると。
 地方圏が前年比5.3%の下落だったのに対して。
 東京、名古屋、大阪の3大都市圏での下落は更に激しく、なんと7.1%。

 先ほど述べたバブル崩壊後の「失われた15年」。
 その後の「回復期」2006年から2008年。
 3大都市圏の商業地価は2006年から2008年まで、前年比上昇に転じた。

 一方地方圏は、その時期もひたすら沈潜を続けて2010年に至ります。
 そして、都合18年連続の下降を続けることになる。


 住宅ローンを考える前に、家を購入するタイミングを計るのが順序というもの。

 今を遡ること35年以上の、1974年。
 時は「ブルドーザー宰相」田中角栄の説く「列島改造論」で沸く高度成長期。
 日本土地(上昇)神話の淵源とされる。

 そして、1985年のプラザ合意。
 円高・ドル安の協調誘導で先進国間合意がなされた。
 これ、アメリカ高金利政策のツケを一方的に日本が負わされたようなもの。

 アメリカは好景気でインフレが過熱、それを抑えるための金融引締めの高金利。
 金利が高い通貨は買われるから、ドル全面高。
 自国通貨が高ければ、輸出競争力は弱くなりアメリカは輸入超過。
 米国の貿易赤字、そして財政赤字はともに増大の一途。
 人呼んで、「双子の赤字」。

 なかでも、当時。
 特に、自動車産業に見られた如く、日米の貿易摩擦が問題視されていました。
 日本車が米国で売れるのは、けしからんと。
 GMを筆頭に、日本車そして日本自動車業界へのバッシングは凄まじかった。

 そして、そんな動きを米政府が甘やかして助長させた。
 それが、米自動車産業を結局は自滅させることになるのですがね。
 逆に、叩かれて日本車は更に強く競争力をつけることになる。

 歴史の皮肉ですよ。
 だから、謂わば「日本叩き」のドル安・円高誘導「プラザ合意」。
 当然、日本政府当局としては「円高不況」を警戒する。
 よって、不況対策としての金融緩和政策を打出すしかない。

 1年で、ドル/円レートは250円から120円台へ。
 まさに、対ドルでの日本円の価値が倍になった。
 中国元の対ドル切上げなんてものじゃない、ドルの急落、円の高騰。

 しかし、当時の日本輸出産業は死なず。
 大企業こぞって生産拠点を海外へ移しながら、技術革新を続行。
 対外的に「強い」円で、不動産や動産の区別なく資産を買い漁る。

 日本国内では、金融緩和でジャブジャブだぶつく資金が株式市場へ流入。
 加えて、田中角栄の唱える列島改造。
 狭い日本の「僅かな」土地へも、投資ではない投機資金が激流として流れる。

 今次のアメリカ住宅バブルに似て、絶対に下がらないという土地価格神話。
 個人は株価上昇に浮かれて、財テクに走るか散財。
 企業は膨れる資金の行き場を探して。
 不動産にはブローカーたちが雲霞の如く群がった。

 で、ですよ。
 バブル当時を振返るのが目的では、ありません。
 1974年の全国商業地価を100とすると。
 1989年の同地価が、2倍となって200。
 因みに、日経平均株価が史上最高値の3万8915円を付けたのが、89年。

 そして、1990年3月。
 当時の大蔵省が不動産関連融資を抑制する「総量規制」通達を出しました。
 この、各金融機関への「総量規制」がバブル経済を破裂させる引金となる。

 しかしね、商業地価の最高値を付けるのは、翌年の1991年。
 ズレがあるわけです。

 転じて、土地価格自体でなくして、その「前年比率」。
 全国商業地の前年比率は86年の約5%から88年の約20%まで一気上昇。
 しかし、翌89年10%下げて90年再び5%戻す半値戻し。
 そして92年からは、前年比マイナスへ転じます。

 3大都市圏商業地価の前年比率の動向は更に激しく、1988年。
 前年比上昇率は、なんと40%超。
 それが89年は、同10%台へ急降下。
 93年には、前年比マイナス20%で底を打つ。

 そんな、3大都市圏の商業地価格。
 動きが激しいだけに、分かりやすい「先行指標」。

 2010年1月の、前年比7.1%マイナス。
 今後も下落が拡大すれば、景気は下降。
 縮小傾向なら、景気回復が確認されよう。

 住宅ローン金利動向を占う上でも、参考になるだろう3大都市圏商業地価。
 次回、考えをいま少し進めたいと思います。

 それではまた、お会いしましょう。
  



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